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2009.11.25 (Wed)

言葉と音楽の関係

昨日は久しぶりに何もない休みで相方と1日ゆっくりしました。午後にはちょっと郊外の温泉に行きましたが、とても混んでいてびっくり。平日の昼間なのに。

ですが、脱衣場で他のお客さんの会話を聞いたら、ああそうか、と納得しました。
「今日はまたえらい多いなー。」
「まあ、外がこんだけ雨が降っちょんもんな。今日は温泉日和じゃからなー。」

どうも農業関係者が多かったようです。雨だったので、今日は畑仕事を辞めて温泉でも、ということだったのでしょうか。また、相方が小耳に挟んだ話によると、近くの工場がお休みで、その作業員の人たちが来ていたこともあったようです。


さて、先週の日曜日は所属オケ練。その次の祝日は室内楽の練習でした。

所属オケ練の方は、今週末の指揮練を1週間後に控え、前回10/10・11指揮練での指示事項のチェックが中心。まだ進捗状況は100%とはいきませんが、できているかどうかはともかく、団員のアンサンブル意識が高まっていることは確かなようなので、それが今後の指揮練等でいい形に結実することを期待したいです。

室内楽の方はドヴォルジャーク:弦楽五重奏曲Op.97第1・4楽章の2回目の練習。前回はボーイング決めが中心でしたので、今回デュナーミクの前後関係及びパート間におけるバランスの調整とフレーズのアーティキュレーション統一がメイン。少し音楽が流れるようになってきましたが、メロディを歌うという部分についてはまだちょっと足りない感じが・・・。各メンバーとも弾き込みがまだまだのようでした。もちろん自分も含めて。

この曲もドヴォルジャーク特有のノスタルジックなメロディが随所に出てきます。「新世界」の第2楽章に代表されるように、なぜかドヴォルジャークのメロディは日本人の心にとても馴染む感じがします。
第2Vaを担当するkuro君などは、メロディが出てくるたびに「いいですねー」を連発。猫にまたたびの状態のようです。

一般に室内楽作品のメロディは1vnとVcが担当することが多く、ドヴォルジャークも他の作品ではそうであることが多いのですが、この曲に限って言うと、メロディは比較的均等に各パートに割り振られています。普段は裏方の役割が多い第2Vn、第1・第2Vaにもメロディを弾く機会がひんぱんに出てくるため、逆に言うとどこか1つのパートがメロディを歌いきれないと、聴く側からすればそこだけがかなり目立ってしまいます。そう言った意味では、各メンバーの責任も均等にあると言えるでしょう。


ところで、この弦楽五重奏曲の第1・4楽章ではあまり見られませんが、ドヴォルジャークの作品では、結構、小節の頭(1拍目)でない箇所にアクセントがつくことがあります。典型的なのは弦楽四重奏曲「アメリカ」の第3楽章冒頭で、2拍目にアクセントがついているのですが、このアクセントのために多くのアマチュア奏者は、この曲を聴いたときと実際に演奏した時の拍の感覚のずれに悩まされます。私自身もこの楽章をした時によく拍がずれてばらばらになった記憶がありますが、ある時、「スメタナ弦楽四重奏団は語る クァルテットのすべて(長谷川武久・武藤英明共編)」という本を読んで、ああ、そうか、と納得しました。

本の中で、スメタナQのチェロ奏者だったコホウト氏が「アメリカ」第3楽章の2拍目のアクセントについて解説しているのですが、コホウト氏の言われている内容を要約すると次のとおりです。

・2拍目だけにアクセントが書いていても、それは1拍目より2拍目の方が強いという意味ではない。
・私たちの(そしてドヴォルジャークの)母国語であるチェコ語には必ず言葉の最初の音に、かなり強いアクセントがある。
・その国の言葉と音楽とは密接な関係にあり、チェコ語もチェコの音楽と密接な関係にある。チェコの音楽はチェコ語そのものと言っても良い。
・ドヴォルジャークはこの第3楽章の1拍目にアクセントを書いていないが、当然チェコ語の言葉からくる強いアクセントがあるのを、演奏者は感じ取らなければならない。
・演奏するうえで、ドヴォルジャークの書いたアクセントは、1拍目だけではなく2拍目にもアクセントがあるという意味なのである。

私自身はチェコ語を直接聞いたことはありませんが、音楽と言葉の関係の話にはとてもうなずけるものがあります。ドイツ、フランス、イタリア、ロシア、アメリカ・・・そして日本でも同じような関係があるように思うのは私だけではないはず。

なお、本では、「同じようなアクセントを交響曲「新世界」やスラヴ舞曲などによく書き入れている」と紹介されています。また、断定はできませんが、交響曲第8番の第1楽章や第4楽章でも似たような感じのアクセントがあるようです。

ただ、これらの曲のスコアを見ると、あるパートにはついているアクセントが別のパートにはついていなかったり、あるいは同じ形の2回目では出てこなかったりというのが結構目立ちます。楽譜の版にもよりますし、このことはドヴォルジャークに限った話ではありませんが、むしろドヴォルジャークは楽譜へのアクセントなどの記号表記に関して(ブラームスやマーラーなどのように)厳密ではなかったのかもしれません。そういった意味では、書かれていないアクセントを感じ取る感覚が一層求められるということにもなるのでしょう。


いずれにしても、やはりいろんな国の音楽をやるうえでいろんな国の言葉の知識の必要性を痛感する今日この頃です。

テーマ : 室内楽 ジャンル : 音楽


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